
そもそも大阪でリサイタルが開かれる事さえ知らなかったのですが、知り合いから「行けなくなったから代りに行ってくれないか」との有難い申し出があり喜んで大阪まで行ってきました。
フェニックスホールは大阪駅から徒歩10分程の場所にある、キャパ200人程の感じのいいコンサートホールで、過去にもアサド兄弟や関西の若手ギタリストのコンサート等で使用されていて何度か聞きにきました。
写真では舞台の後ろ側は反響板のようになっていますが、この板は可動式になっていて、板を動かすと背後から大阪の夜景を望めるようになっていてなかなかシャレています。
当日のプログラムは
バッハ:プレリュード・フーガ・アレグロ
武満徹:翼(福田進一編)
フォリオス
〜休憩〜
ヴィラロボス:五つのプレリュード
ジスモンチ:変奏曲
アサド:アクアレル
今回一番楽しみにしていたのはアサドのアクアレルです。福田進一の同名のアルバムは学生時代どれだけ聞いたかわからない。とんでもなく難しく、また難解な響きで、とにかく難しくややこしくすることだけが作曲者の目的じゃないかと思ったりもしますが、難解な中にも南米音楽の持つ強力なリズム感や野性味、ウイット、そして透き通る様な透明感がうまく表現されていてとても好きな曲です。
また、広島時代の先生が日本初演をし、今の師匠がコンクールのゲスト演奏でこの曲を弾いてそれを切っ掛けに習おうと思ったので、僕にとって縁の深い曲でもあります。

コンサートは流れる様なバッハから始まったけどこの曲は演奏者にとってもまだまだ実験段階にあるような感じを受けました。奇麗だけどまだまだそんな物じゃないだろうと思っていたら、次の武満からどんどんと調子を上げてくる。フォリオスも素晴らしかったけど、心に残ったのは「翼」だった。混声合唱によるもの、歌とピアノによる演奏は聞いていたけど、初めて聞いたギターによる「翼」が一番好きかもしれない。これは演奏者を褒めるしかないなあ、あのアレンジは相当難しいと思うけど、難しさなんで毛程も感じさせなかったし。
後半は南米音楽によるプログラム。過去、何人もの名ギタリストにより演奏され、すでに手垢のつきまくっているヴィラロボスも独自の感性で新しい曲に生まれ変われさせていたし、ジスモンチの行き過ぎた格好良さから生じてくるバカバカしさも見事に表現されていた。そして一番楽しみにしていたアクアレル。
プログラムには明快なメロディーで親しみやすい曲と書いてあり、おいおいマジかいなと思いましたが、演奏を聴いていて納得しました。とにかくノリがいい、思わず足を踏み鳴らしそうになってしまうくらいリズミカルでこの曲が持っているサンバの様な舞曲の要素がしっかりと表現されているんだこれが。今までこの曲を聴く時はその難しさをいかにして切り開いて行くかというサーカス的な視点に眼がいってましたが、純粋に音楽として聞かせるその腕前に改めて驚かされました。
大萩康司の魅力は繊細かつ多彩な音色。それも油絵の様な多彩さではなく、水墨画や水彩画のように音の濃淡で遠近法や光と影を表現出来るところにあるんじゃないかなと思いますが、そこに南米物で培った強力なリズム感が加わったことにより、今日の後半のプログラムはまさにハマり役。今、最も彼自身を表現出来るプログラムじゃなかったかなと思います。楽しかった〜。
この日一番ハマったのは曲の間のトーク。後半の頭にプログラムの説明があったんですが、アクアレルの説明の件で
「この曲は無窮動の音の連なりが何処かに向かって・・・・・何処かにつくんです。たぶん」
そのトークの隙間が思わずツボに入ってしまいました。トークの方は決してうまい訳ではないんだけど、その言葉の合間合間の空隙に観客が耳をそばだててるのが良くわかる。次は何を言うんだろうって観客を引きつけてるんだよな。その間合いの魅力は彼の演奏の魅力にも通じている様な気がします。


NHKのスーパーピアノレッスンでお馴染みのジャン=マルク ルイサダのピアノリサイタルに出掛けてきました。
ショパンの曲が題材だったスーパーピアノレッスンでは生徒の演奏を聞いたあと、「大変素晴らしいですね!でも私ならここはこう弾きますね。」とか言って同じピアノを使っているとは考えられない程の多彩な音色を引き出していてビックリさせられました。
そんなお方が姫路までやってくることなんてそうはないことなのでこのチャンスを逃す訳にはいかず、自分のレッスンを終えた後、片道8キロの道をチャリでかっ飛ばして会場まで向かいました。
会場は姫路パルナソスホール。姫路市内では最も音響もよく、キャパシティーも大きく、クラシックのコンサートには最適なホールで、年に数回海外から一流の演奏家を招いてコンサートを開いています。
が、神戸や大阪程クラシックファンが多い訳ではない姫路でのコンサート、開いたはいいが閑古鳥が鳴いているなんて事もよくあります。3年程前、バイオリニストのカントロフがピアニストの上田晴子さんとコンサートを行いましたが、キャパ1000人弱のホールにお客さんは50人程。演奏は素晴らしかったのに・・・あれからカントロフはこなくなりました(当然か。)

今回のルイサダもカントロフの二の舞になるんじゃないかと心配しましたが、TVの影響か、それともやっぱりピアノは強いってことだろうか、ホールはほぼ満員で飛び込みで取った当日の席もほぼ売り切れ状態。このホールがMAX近くまで埋まったのは初めて見ました。公演予定を見ると関西での演奏は意外にもここ姫路だけ。京都や大阪から来た人もいるのかもしれないなあ。
本日のプログラムは
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ《悲愴》プログラムにInvitation to the danceと銘打ってある通り、前半の二つのソナタを挟んだ後半は舞曲系の小品でのプログラミングになってます。
ショパン:ピアノ・ソナタ第3番
〜休憩〜
チャイコフスキー:無言歌ヘ長調、サロン風マズルカ
グラナドス:ロマンティックな情景よりマズルカ
ウェーバー:舞踏への勧誘
バルトーク:ルーマニア歌曲 第一番
プーランク:ワルツ ハ長調
ショパン:ワルツ第2番 変イ長調
ワルツ第3番 イ短調
ワルツ第4番 ヘ長調
会場に現れて、ピアノに座るやいなや演奏開始、その一音ですーっと観客を引込む辺りが流石です。悲愴の出だしのgraveが素晴らしかった。パーンと音を放りだして、え?そこまで引き延ばすのってところまで音をキープした後にそこしかないというポイントに見事に着地する。どんなテンポルバートをとっても音楽的に正解というポイントは一点しかないとは言うけれど、これほど自由に歌いながらそのポイントをしっかり抑えてくるあたりが素晴らしい。
ピアノレッスンで取り上げていたショパンはより本人の気質にあっているんだろう、ピアノの上で表現される歌の素晴らしさにあっという間に時間がたってしまった。歌心ももちろんなんだけど、細部に渡る心配りも行き届いていて、埋もれがちな対旋律がハッキリと浮き上がって音楽の構造もはっきりと示されている。あんまり気持よすぎてうとうとしてしまったけど。
小品を集めた後半も一曲一曲の特徴をはっきりと掴みながら、洒落っ気にとんだ演奏でこれもまたあっという間に終了。時間の長さをほとんど感じさせなかったよ。アンコールにショパンのノクターン《遺作》他一曲を弾いてお開きになったんですが、面白かったのがこのあとでした。
まだアンコールをねだる観客に対してお辞儀をしてピアノを弾くようなそぶりを見せた後、椅子を楽屋にもって帰ってしまった。もういいでしょ、みたいな(w
コンサート後のアンコールってなんか惰性で要求しちゃってるような感じを受ける時があるんですが、受けるも受けないも演奏者の自由だと思います。はっきりと断りながらも嫌な感じを与えずに笑いまでとってしまうあたりエンターテイナーですね、あれがエスプリってやつでしょうか。