カタロニアの風
2023年 11月 03日
10/30 カタロニアの風 フェデリコ・モンポウ生誕130年記念公演
@神戸・塩谷 旧ゲッテンハイム邸
ずっと聴きたいなと思っていたけど中々タイミングが合わなかった徳永真一郎君が姫路の近くまで来る。しかも弦楽四重奏と一緒にモンポウ!と言うことでこれは行かねばなるまいとチケットを予約。月曜日の14:00からなんて人が来るんだろうかと余計な心配をしたけど、本当に余計なお世話で会場は超満員、当日こられる人のために急遽席を増席したほどの大盛況でした。
プログラムはほぼオールモンポウ。
大部分がピアノのために書かれた作品をアレンジしたもので、弦楽四重奏に編曲した「子供の情景」、バイオリンとギターのために編曲した「高み」、ギターオリジナルの「コンポステラ組曲」、弦楽四重奏とギターに編曲した「7つの歌と踊り」そして歌と踊りを編曲した平吉毅州のオリジナル「カタロニアの風」
「子供の情景」、そして徳永君が編曲した「高み」の後にギターソロで「コンポステラ組曲」が始まった。その時にちょっとした異変に気付いた。あれ?電車の音がする…
旧ゲッテンハイム邸は初めてきたけれど、ここはJRの塩谷と山陽塩谷が本当に目の前で絶えず電車が通り過ぎる。3分も電車が通らないことは滅多にない。そんなこと当然わかっていたはずなのに最初全く気づかなかったのは弦楽が鳴っていたから。
最初の弦楽四重奏は勿論なのだけど、「高み」もバイオリンが鳴っている時は電車の存在に全く気付いてなかった。静寂を求めるギターソロの中でも特に静寂を求めるコンポステラ、そんな特に静けさが必要な曲の最中に途端に電車の音が気になり始める。そしてそんな時に限ってなぜか携帯の音は鳴るし、近くのおばあさんの咳が止まらなくなるのである。どれも仕方のないことなんだけどなんだかなあと思っていた時だった。3曲めの子守唄が流れてきた時に前の席から小さな赤ちゃんがこちらを覗き込んできた。
本当にびっくりした。どう見てもまだ一歳になってるかなってないかくらいの子がこの会場にいて目の前にいたのにその瞬間まで全く気づかなかったことに。その子の様子を見ると寝起きという感じではなく、コンサートが始まってからずっとお父さんの腕の中で静かに聞いていたということになる。こんな小さな子が泣きも動きもしないでずっと聞いていたのか…その子は子守唄の音に少し眠そうにしながらゆらゆらしている。そんな様子を見ていると心が和むと同時に小さな雑音を気にしているのが本当に恥ずかしくなった。
5曲めのカンシオンと共に徳永君の背後の窓から柔らかい光が降り注いでくる。その光に照らされて演奏している徳永君の姿がまるで一つの彫像のように黒く写る。もうその頃には周囲の雑音は全く気にならなくなっていた。そしてこれ以降電話がなることも、長く咳が続くこともなかった。何か不思議な事があの時起きていたのかもしれない。
後半は弦楽四重奏プラスギターで「歌と踊り」これがこの日の白眉。もともとラローチャが弾いているこの曲集が大好きでギタートリオ用にアレンジしようとしたこともあったんだけど、結局完成しなかったな…
前半の弦楽四重奏の編曲でピアノを弦楽に移すとどうなるかというのはある程度想像出来ていたので、そこにギターを加える必要があるのか?というのが最初の疑問だったんだけど、演奏を聞いてそれがすぐ杞憂だというのがわかった。本当にギターが効果的。ある時はコンチェルトのように、また弦楽がメインの時もその音とリズムが打楽器のように、そしてある時は独奏楽器として。縦横無尽に活躍していた。この編曲の初演は鈴木一郎さんとウイーン弦楽四重奏団。初演時にはモンポウもリハーサルから立ち会っていたみたい。きっとモンポウも満足したんじゃないかな。それくらい素晴らしい編曲で演奏でした。
最後は「カタロニアの風」カタロニア民謡の鳥の歌を主題にした自由な変奏曲、幻想曲という感じ。ちょっとブリテンのノクターナルや少し規模は違うけど林光の「北の帆船」に近い感じかなとも思ったけど、やはりちょっと違う。鳥の歌をテーマにした曲だからか終演後の沈黙はこの日のどの曲よりも重く、暗く、そして深かった気がした。
アンコールもモンポウで「内なる印象」から「ジプシー」と「悲しい鳥」。ああ、この曲も大好きで編曲しようとして頓挫したやつだ…同じようなことを考える人がいるもんだ。でもこっちはしっかりと完成している。モンポウ、もう一回ちゃんとアレンジしてみようかな。今ならもっと上手く出来るかもしれない。
終演後に少しだけ徳永君と話せた。彼は変わらずナイスガイでした。今では日本のトップギタリストの一人として日本中を忙しく駆け回っているだろうに、高校時代の純粋な面影がまだ残っていることが何より嬉しい。
たまたまだけどこの日、オーウェルのカタロニア賛歌をちょうど読み直し終えた日だったのでした。この本はスペイン内戦のルポルタージュでオーウェルがいた1936年のバルセロナにモンポウもいたらしい。当時のバルセロナはオーウェル曰く裏切りと密告と暗殺が日常的な”悪霊に憑かれた”ような状態だったらしい。そんな中でモンポウが求めていたような静寂があった訳が無いと思うのだけど、そんな危険な目に合いながらもモンポウはこの時代を生き延びた。
モンポウの事を静謐でひょっとしたらかなり神経質な人じゃないかというイメージがあったのだけど、少し考え違いをしていたかもしれない。そういう要素も勿論あったのだろうけど強かさとしなやかさそして大らかさも持ち合わせていなければこの時代を生き延びることは出来なかった気がする。
モンポウの手は大きく、そして暖かだったらしい。
「電車の音がなんだと言うんだ、俺たちの時代は電車どころか弾丸が飛び交ってたんだぞ!」コンサートが終わってモンポウにそう笑われたような気がした。
「歌と踊り」はギターを含む室内楽曲として本当に出色の出来でした。できればもっと多くの演奏機会があればいいのだけど(できれば弾いてみたいが…)思いついてパッと出来るような編成ではないので聴く機会がある方は是非聴きに行ってください。良いコンサートでした。
by onkichi-yu-chi
| 2023-11-03 13:17
| おんきち