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渡部延男先生に寄せて

渡部先生の訃報を聞いてからもう10日以上が経つのだけれど、どうしても現実味が湧かずにこの期間を過ごしてきました。昨日、お別れ会に参加して懐かしい顔に久しぶりに会い、そしてスクリーンに映る渡部先生のお顔、そして声を聞いてようやく現実の事だと思い知り、早春譜を弾く間、悲しみの感情が溢れてきました。

渡部先生に初めてお会いしたのは第一回の美山ギター音楽祭の時。髪はなくてもイケメンな方で今となってはそれが本当に羨ましいのですが、それはさておき。

キラキラと輝く目がとても印象的な方でした。時にそれは幼い子供のような輝きにも見えたし、時には奥に潜む炎が抑えきれずに溢れてきているようにも見えました。純粋さが様々な形をとって現れてきているようで、少し近寄りがたかったという印象も残っています。

渡部先生はジストニアという病気を患い、一時音楽活動を離れている時がありました。音楽祭の時に一度だけ
”音楽を諦めようと思ったことはなかったのか?”
と聞いたことがあります。渡部先生は
”一度もない。”
とおっしゃったように覚えています。

将来を嘱望され、本人も音楽で生きると当然のように考えていた方の腕が急に動かなくなり、音楽を取り上げられる。それでも20年間、決して音楽を諦めることなく復活を果たす…

言葉にすれば美しく、ただスゴいことなのだと当時はよくも考えもせずに思いましたが、そんな生易しいものでは決して無かったはず。今となればその復活までの20年という途方も無い時間、渡部先生がどのような想いで過ごしてきたのかと思うととても言葉になりません。うちに秘めた炎が自分や周囲を焼け焦がした時間も少なからずあったはずだと思います。

そこからどのような考えを経て音楽を続けて来られたのか、そしてどのように美山ギター音楽祭に辿り着いたのか。

昨日のお別れの会の最後に茨木ギターフェスティバルでの渡部先生の演奏が流れました。手術によりジストニアを一時的に克服した時期の演奏です。曲目はポンセのソナタクラシカ。正直に言うとポンセのソナタの中ではあまり好きな曲目ではなかったのですが、その演奏を聴いてこんなにいい曲だったのかと驚かされました。録音状態が良かった訳ではないですが、銘器ハウザーを鳴らし切り、輝く様な音楽が隅々まで満たされているのがはっきりと伝わってきて

”この方の事を本当に理解出来てはいなかったんだな”

と思いました、聴く機会はいくらでもあったはずなのですが。

4回の美山音楽祭に参加して、マスタークラスで四苦八苦している姿を全部見られて、その後ありがたい事に何度かコンサートを見に来てくれる機会がありました。その中には正直いまいちな演奏もありましたし、逆にとても上手くいったという機会もありました。渡部先生の音、言葉をもう聴く機会は無いのですが、自分の良いところ、悪いところも全部聴いてもらえたんじゃないかという自負はあります。だから
”全てを聴いて下さって、ありがとうございました”
とお礼を言えました。

思えば美山には渡部先生がいて、そこに松村さんもいて、グロンドーナがいて、と絶えず尋常ではない熱が溢れていました。

渡部先生に
”美山がなければ今の自分はなかった。”と伝えたら
”それを聴けて続けてきて良かった”
と喜んで頂けました。

別れ際の握手がとても力強い方でした。
”これがヨーロッパのスタイルやねん!”
と茶目っ気たっぷりに。

美山の熱に温められそして救われた一人としてどうやって後世に伝えて行くか。これからの大きな課題を残された様な気がします。
ご冥福をお祈りします。
渡部延男先生に寄せて_d0077106_22514610.jpg

by onkichi-yu-chi | 2020-01-26 22:51 | おんきち | Comments(0)

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